ほうとうムスコ物語    第  話
コトの発端 訪島して宝当

 おかげさまでテレビや雑誌の影響で全国的にも有名になり、地元の皆様方にも多方面で

ご迷惑をおかけしております。こう見えても心の中ではいつも申し訳なく思っておるところ

なのです。

 そこで、こうなってしまった事の発端である「島おこし」の経緯をほんのちょびっとだけ

お話しさせてください。

 時は平成2年、島を出ていたムスコが嫁さんをもらい、戻ってきたときはまだまだ田舎でした

(もちろん、今もですが・・・)

 「こんな島でも、若いお姉サン達が来てくれるような島にするには、どうしたらよかとやろか?」

と、いう安易な想いがバカ者(=ムスコ)を作り上げたのでした。

そして、島民の仲間と共に「島おこしグループ」通称イルカの会を発足する事となりました。

 その後、島から市会議員が誕生し、行政とのパイプも出来たころ「宝当神社」の話題が

地元新聞で持ち上がったのでした。

 平成4年「なんちゅうこつ(何と言うことだ)!そのまんまの「宝当神社」を打ち出すだけでは

いかん。」
と、そこで出来たのが宝当袋だったのです。全国の皆様に、宝くじを袋の中に

入れ、夢を託してもらおうと、島民の手作り島おこしが始まったわけなのです。

 来ましたよ!待ちに待った観光客が!夢を追い求めて、島民400人足らずのこの小さな島に

袋を求めてやって来たのです。

 平成5年12月のことでした。

不思議な出来事

 とにかく宝当袋制作をせにゃならんと励んでいたある日の事。その制作者の中から

宝くじ当選者が出てきた
のです。ウソみたいな宝当いや、本当の話。

 面白半分夢半分でやって来たことがついに現実のものとなってきたのです。

そのことが世間に広まるのにはそう時間はかかりませんでした。

 そうなったら後戻りは出来ない。事の重大さに本気で取り組まにゃあならんようになったの

でした。

 それからです。本当の島おこしは・・・。人が訪れたにもかかわらず、公衆トイレはない、

食堂もない!テントを張って、サザエめしを作って提供する者がでてきたり、行政の支援を

受け急遽仮設トイレを設置したりするにいたったのです。

 「ここは離島。今思えば果てしなく限界(玄海?)に近い、水ぎわ作戦でした。」

 これがホントの島おこし・はじまりのカタチとなったのです。